―親の心子知らず―
「ふふふ・・・ふふふ」
メガネを買って帰ってきた涼は、護とお揃いのメガネをかけたままニヤけていた。
「なに笑ってんだよ、気色悪い」
それを見ていた千代は涼を一蹴したが、涼はそれでもニヤけは増すばかりだった
メガネ一つを買っただけでここまで機嫌が良いなんて。千代は怪訝そうに涼を見た。
「嬉しそうだねぇ・・・たかがメガネを買っただけなのに」
千代は涼のニヤけの原因がメガネだと悟った。涼が自分で選んだにしては似合いすぎていた
(護を一緒に連れてったんだろうね)
涼があんなに嬉しそうな顔をするといったら護がらみのことに決まっている
「ま、精々大切にするんだね」
それだけ言うと、千代は台所に姿を消した
涼は千代の背中を見て、どこか違和感を感じた
いつもの千代から感じる覇気がない、どこか悲しげな背中
「何かあったのかな・・・」
涼には心あたりがなく、ただ首を傾げるだけであった
まったく護には感服させられると千代は思った
親からすれば、メガネ一つで涼にあんな顔をさせられるなんて羨ましいかぎりだ
「ちょっと寂しい気もするね・・・」
そこまで考えて千代は我に返った。我ながらしみったれたことだった
しかし感じずにはいられなかった
涼が護と付き合い始めてから、涼は急激に親離れしたと千代は感じていた
別に涼はマザコンではないから、いつまでも自分といるとは思っていない
それでも昔はもっと千代と涼は一緒にいた。親子というよりは友達のような感じで
別に護のことが嫌いなわけではない。むしろ護のことは好きだ。気立てもよく、真面目で誠実ないい男だと思う
ただ、息子を盗られたと思ってしまうのはなぜだろうか
涼はあんなに幸せそうにしているのに、自分だけこんなことを考えるのはなぜか
「あたしも年寄りくさいこと考えるようになっちまったねぇ」
千代は台所で一人、自分を嘲笑った。
しかしそこではっと我に返った。息子が幸せなのに、自分が息子を盗られたなんて勝手に思って思い悩むなんて。
「どうかしちまったね・・・」
千代は台所で一人、大きくため息を吐いた。千代がノロノロと夕飯の準備に取り掛かったところに、
「オカン、さっきからなに一人で暗い顔してんの?」
「なっなんだい!急に出てくんじゃないよ!」
急に涼が顔を出したのに、千代は自分の女々しい思考を聞かれたのではないかと驚いた。しかし運よく、涼は聞いていなかったようだ。
「いやだって、さっきからため息ばっか聞こえてたし」
心配そうに自分を見ている涼を見て、千代は昔のことを思い出した。
(コイツが小さいころは、よくこんな顔してたっけ・・・)
そこで千代は気がついた。自分がいかに愚かなことで思い悩み、愚かなことを考えていたかを。
「なんでもないよ。さ、飯作るから邪魔だよ」
千代はにんまり笑って涼を払いのけた。さっきとは違う、本当の何かに気づいたような幸せそうな顔。
貴方の幸せが私の幸せ、今なら胸を張って言える
どんなに貴方が私から離れて行こうと、貴方が幸せならそれで私も幸せ
だから貴方も、精一杯幸せになって
その手いっぱいに大きな幸せをつかんで、いつまでも光り輝く貴方でいて